千葉地方裁判所 昭和31年(わ)457号 判決 1958年12月24日
被告人 古川致和 外一名
主文
被告人古川致知を懲役参年に
被告人古川昭代を懲役壱年六月に
各処する。
被告人古川致知に対し未決勾留日数中九拾日を右本刑に算入する。
但し被告人古川昭代に対しこの裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用中証人梅沢婦美子、同高橋いつ、同藤井敏子、同前田喜平、同土谷富美子、同五十嵐八重子、同北島公雄、同平林一治及び同栗原治郎吉に各支給の分は被告人等の連帯負担とし、証人岩井善蔵、同小川繁蔵、同小川躬善(二回分)、同松崎兼吉及び同松崎茂雄に各支給の分は被告人古川致知の単独負担とする。
理由
罪となるべき事実
被告人古川致知は、千葉市所在株式会社千葉銀行の株式二百株(一株の額面五十円)を所有し、被告人古川昭代は、その長女であるところ、
第一、被告人古川致知は、千葉市新宿町二丁目二十三番地旭建設株式会社(以下「旭建設」という)が財団法人千葉県住宅協会(以下「住宅協会」という)に対し住宅団地計画の敷地として千葉郡八千代町所在の一円の山林約十四万坪を反当六万六千円の価格で一括売却する旨約し、なお、その際住宅協会は附帯条件として右土地造成工事の一部を旭建設に施行させ、かつ造成後土地の約一割を原価で旭建設に還元分譲する旨を了承したが、右山林の中には未だ旭建設において権利を取得していない部分もあつたため、これら地主に対して買受の交渉をした結果、同町高津新田中東道付一四九所在九反三畝十五歩を小川薫名義で所有する小川躬喜及び同所一五二所在九反一畝五歩を小川要蔵名義で所有する小川繁蔵を除き、反当七万円乃至十万円ですべて買い受けることができたが、右両名が右土地の買収に応じないため痛く困惑焦慮している事実を聞知し、右二筆の山林が住宅団地計画上重要な位置を占めていることを奇貨として、旭建設と前記小川等との売買交渉に介入し、旭建設から金員を喝取しようと企て、昭和三十年三月上旬頃から前記小川等に対してはそれまで全く面識もなかつたにも拘らず、「二人が何時までも売らないために村八分になつても困るだろう、私が売つてやる」等と申し向け、旭建設に対しては当時の同社専務取締役増田正二(以下「増田」という)に「あの土地を売ることを委任されているがどうするか、売つても売らなくても自分の勝手だ」等と告げ、同年三月十九日小川等から、旭建設の社員松本一雄より他の地主とは別扱にして特に反当十五万円で買い受ける、代地も斡旋するとの申し出があつたので、これに応じたい意向である旨告げられるや、旭建設が小川等の右土地を無事買収し得た上これを前記買収土地と共に右住宅協会に一括売却し得るにおいては、旭建設の小川等に対する右売買代金の支払に不安などないことを了知し、且つ自己は小川等のために反十五万円以上で売却してやる意思や代地入手の交渉をしてやる意思はないのに、小川等に対し「手形には不渡がある。私が交渉してやるから委せておけ」等と申し向け、更に同月二十一日「反当十五万円よりもつと取れる。その分は君等にやる。代地も取つてやる」等と言葉巧に申し向けて信頼させ、それぞれ委任状を書かせた上、同月二十九日旭建設に赴き増田がさきに小川等が一応諒承した反当十五万円で売つて欲しい旨懇願したのに対し、住宅協会が建設省及び住宅金融公庫から同月中に買収を全部完了しなければ計画を他に変える旨の通告を受けていたため、同協会が旭建設に対し同月三十一日までに買収を完了しなければ契約を解除する旨厳しく督促して居り、旭建設としては早急に前記山林を買収すべき必要に迫られているのに乗じ、代理権の行使に籍口し、「その値で売つてもよいが、プラスアルフア三万円を出してくれ、出さなければ売らなくてもいいのだ、百姓に家を建てさせてもいいし、自分が家を建ててもいいのだ」等と申し向け、山林の代金とは別に自己に金員を交付すべきことを要求し、もし右要求に応じなければ、小川等の代理人として交渉に応じないばかりでなく、独自の立場から旭建設の買収を妨害するような態度を示して脅迫し、増田をして被告人の要求どおりの金員を被告人に交付しないときは小川等の山林買収は不可能となり、かくては住宅協会に山林を一括して引渡すこともできず、住宅団地計画が挫折し、旭建設と住宅協会との契約も解除され、旭建設の信用を失墜させ、各地主に対する山林買収費として借用した約二千万円の返済及び地主等に対する残代金の支払も著しく困難となり、多額の財産上の損害を蒙るであろうと困惑畏怖させ、因つて同月三十一日旭建設において増田から旭建設所有の現金五十五万三千六百五十円の交付を受けてこれを喝取し、
第二、被告人古川致知は、予ねて千葉県船橋市に精神病院を建設する計画を樹て、昭和三十年五、六月頃前記千葉銀行において当時の頭取古荘四郎彦(以下「古荘」という)に対し約三、四千万円の融資を申込んだがこれを拒絶されたため、同人の処置に痛く憤慨し、同銀行の経営内容を暴露して同人を畏怖させ金員を喝取しようと企て、その頃から同銀行の機密に属する大口貸付先との取引関係資料を私に入手し、同年十月頃から十一月六日までの間屡々同銀行に赴き、当時の同銀行専務取締役笹田登、同常務取締役奥野徳一及び同八代元吉等に対し、千葉銀行には不正貸付がある。その詳細を知つている。株主総会で貸付先や金額を読み上げたら皆驚くだろう等と申し向け、右笹田等をしてその旨古荘に伝えさせ、同年十一月七日同銀行第二十四期定時株主総会に株主として出席し、質問に籍口して古荘に対し「不当貸付が沢山ある、これは頭取の責任である。頭取が陳謝し、説明しないのは不都合だ」等と発言したが、貸付先及び金額についてはこれを明かにせず、交渉の余地を残して暗に金員を要求し、その後まもなく前記笹田登及び当時の同銀行庶務部長安西政雄を通じて古荘に対し一億円以上の貸付を印刷にして発表する旨申し向け、更に同月二十一日頃から銀行の危機を伝えるためと称して連日の如く同銀行において株主名簿の謄写を続け、もし前記要求に応じないときは銀行の機密に属する貸付先、金額及び回収状況を公表する意図のあることを示して古荘を脅迫し、同人をして被告人の右要求を容れなければ千葉銀行の信用を傷つけ預金の取付等の事態を招来する虞もあり、貸付状況を公表される取引先にも多大の迷惑をかけ、延いては古荘が永年に亘つて築き上げた銀行業者としての手腕を疑われ、頭取の地位をも失うに至るであろうと畏怖させ、因つて千葉銀行及び同人等のため同銀行の計算において森暁及び森清の兄弟に金員を立替えて交付することを依頼させ、同年十二月二十七日東京都中央区宝町所在味の素ビル内日本冶金工業株式会社において前叙の如く古荘の意を受けた森兄弟からその情を知りながら森暁の立替えた現金三百万円を一旦受取つたが、同日まもなく受領の事実を韜晦するため同所に立ち戻つて森清に返還し、その際人目の多い所で金包は受取れない旨申し向けて、暗に私かに自宅に持参すべき旨要求し、因つて同月二十八日午前八時過頃千葉市稲毛町三丁目千六百九番地の自宅玄関において森清から右現金三百万円の交付を受けてこれを喝取し、
第三、被告人古川致知は、前記第二記載の犯行に際し喝取の事実を秘匿するため森清と、古荘が秘密を守りかつ同被告人の標榜する人事刷新の要求に応えた如く外形を繕うべきことの諒解を遂げたが、古荘において事茲に出でず、直ちに秘密を洩らし、何等策を講じないばかりでなく人事異動は行わないと言明し、ようやく喝取の事実が世評に出るに及び、再び古荘に対する攻撃を始めて世評を否認するとともに犯意を新にして同人から金員を喝取しようと企て、昭和三十一年四月上旬頃から株主名簿の謄写を始め、同月三十日頃千葉銀行において前記安西政雄に対し、又同年五月六日頃電話で前記笹田登に対し「総会前に株主に一億円以上の貸付先をパンフレツトにして配付する。これを出したら取付が起り銀行は潰れるかもしれない」旨夫々申し向け、右パンフレツトの内容を読み上げこの旨古荘に伝えさせ、同月七日頃「千葉銀行第二十五期定時株主総会に直面して株主に訴う」と題し恰も同銀行が崩壊の危機に瀕しているかの如き内容の文章を冒頭に掲げ、約一億用以上の貸付先二十九とこれが貸付金額及び回収状況を記載したパンフレツト約五千部を費用約六万五千円を私弁して印刷した上株主等に郵送し、その結果千葉銀行の千葉県下各支店において多額の預金払戻と新規預金の減少を来して預金者の不安動揺を招来したのみならず、右パンフレツトに掲げられた取引先の信用を著しく毀損したのであるが、同月十一日千葉銀行の前記定時株主総会においては「パンフレツトは銀行の基礎が大磐石で影響がないと思つたから出した」等と述べ、古荘に対する攻撃的発言をなさず、かえつて議事進行を図る等含みのある態度を示して暗に金員を要求し、同年五月中旬頃前記奥野徳一に対し更に五千万円以上の貸付先をパンフレツトにして配付する旨通告し、同月二十一日古荘を背任容疑で千葉地方検察庁に告発し、同月二十三日前記安西政雄を通じてその旨古荘に知らせて以て同人を脅迫したが、同月二十四、五日頃自宅において古荘の依頼を受けた森清から告発を取り下げるよう説得され、さきに三百万円を受領した事実を挙げて問責せられるに及び、再度自己において金員を要求し難いことを察知し、寧しろ被告人古川昭代を表面に立てて交渉に当らせ、同被告人をして金員を要求させようと図り、被告人昭代もこれを諒承し、ここに被告人致知及び同昭代は金員喝取の共謀を遂げ、被告人昭代において、前同日自宅を辞去しようとする森清に対し「この問題については私が一切の鍵を握つていますから私に委せて下さい。私と父は同心一体です」等と申し向け、翌日から数回に亘り東京都内において森清と告発の取下について交渉したが、その際「父も自分も精神病院の建設を計画しているが、土地購入資金八百万円が不足して困つている。前に千葉銀行から融資を受けることになつていたが、今度の事件で駄目になつた」等と申し向け、暗に更に金五百万円交付されたい旨要求し、もしこの要求に応じなければ、古荘に対する告発も取り下げず、前叙の如き攻撃を継続し、五千万円以上の貸付の事実を公表すべき態度を示し、森清を通じて古荘を脅迫し、同人をして前記第二記載同様畏怖させ、因つて千葉銀行及び同人等のため前同様の計算及び方法で金員を交付することを委託させ、同月三十日東京都中央区銀座八丁目所在天ぷら屋天国脇駐車場において古荘の意を受けた森清より森暁の立替えた現金四百九十九万八千円の交付を受けてこれを喝取し
たものである。
証拠の標目(略)
弁護人の主張に対する判断
弁護人伊藤和夫は、一、判示第一につき、被告人古川致知の所為は委任による代理人としての正当な権限の行使である。二、判示第二及び第三につき、被告人古川致知の行為は株式会社千葉銀行の株主として当然の権利の行使である。判示パンフレツトの記載内容は銀行の機密に属しないからこれを公表しても違法でない。被告人等の所為はいずれも正当な行為である旨主張するので判断する。
一、被告人古川致知は、専ら自己の利益を図る目的で判示売買交渉に介入したものと認められる。何故なら、該売買価格は既に本人の小川等が諒承した反当り十五万円を少しも超えておらず、本人等の希望した代地の点については何等交渉していないし、判示の如く代金の受領についても何等の不安があつたわけではないのみならず、代金とは別に判示金員を受領しこれを本人等に秘匿しておる上に、取引の後本人等から口実を設けて各金十万円宛を受領している等の事実に徴すれば、被告人致知は委任の本旨に従い誠実に行動する意思があつたものと認めることはできず、代理人たることに藉口して判示金員を頭初から自己のため不法に領得する意思をもつて判示所為に及んだものと認むべきである。二、本件は株式会社千葉銀行の経理内容を暴露したこと自体を罰しているのではなく、右の害悪告知の手段としてなした金員喝取を処罰の対象としているのである。株主名簿の謄写や、株主総会における発言は商法の認めるところであるが、金員喝取の目的で会社の経営内容を暴露し、会社代表者を畏怖させるために利用すれば、恐喝の手段となり得ることは明らかである。銀行の大口貸付先、貸付額及び回収状況等は銀行法、証券取引法によつても株主及び一般債権者に公表し乃至はその縦覧に供すべき性質のものとは認められない上に、銀行が崩壊寸前の危機にあるかの如き印象を与える判示パンフレツトを発送する等煽動的な方法でこれを発表したのであるから、許さるべきものではない。被告人等の行為はいずれも正当な行為と認めるに由ないものである。
弁護人の右主張はいずれも採用できない。
法令の適用
被告人等の判示所為中、第一及び第二の恐喝の点は刑法第二百四十九条第一項に、第三の恐喝の点は同法第二百四十九条第一項第六十条に該当するところ、被告人古川致知の第一乃至第三の各恐喝の罪は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文第十条により犯情の最も重い第三の罪の刑につき法定の加重をした刑期の範囲内で被告人古川致知を懲役三年に処し、同法第二十一条を適用し被告人古川致知に対し未決勾留日数中九十日を右本刑に算入し、第三の恐喝の罪につき定めた刑期の範囲内で被告人古川昭代を懲役一年六月に処し、同被告人の性別、年令、被告人古川致知との身分関係及び犯行加担の程度等諸般の事情に照し直ちに実刑を科すより暫く刑の執行を猶予して謹慎の機会を与え同被告人の将来の更生を期待するのが相当であるから、同法第二十五条第一項を適用しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条を適用して主文掲記のとおり被告人等に負担させることにする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 石井謹吾 丸山武夫 八木下巽)